商品カテゴリ一覧 > 手帳コラム「三度目の恋を、手帳と。」第二話

第二話 カフェ開業はサグラダ・ファミリア〜そして別居へ

手帳を使わなくなったのは、私がカフェをオープンした頃のことだ。

それまで東京のIT企業で働いていたが、東日本大震災が起き、胸の奥に色々な思いが渦巻き一つの結論にたどり着いた。
それは仕事を辞め、地元福島に戻ってカフェを開業すること。

もともとカフェ巡りが好きで、いつかは定年後にでも…とぼんやり思っていた。

前回紹介した会社員時代ずっと愛用していた黒のミニ6穴のシステム手帳には、お気に入りのカフェや行きたい店のリスト、雑誌の切り抜きまで挟んでいた。
仕事の合間、カフェでその情報をちまちま整理する時間が、小さな幸せだった。
当時、こんなショップリストが書き込めるレフィルを使用していた。

当時の記憶を頼りにAIで生成。ここに、よく行くカフェや行きたいカフェの情報などを書き込んでいた。

折りしも先月の2026年3月で震災から15年。
当時、東京で大きな揺れを経験したけれど、私は被災者ではない。
(幸い福島の実家や家族、知り合いは皆無事だった。)

弊店から車で10分の河津桜の名所(2026.3.6撮影)
震災の時、根っこが津波に浸かったが、何事もなかったように毎年咲いているという。(この話が好きで毎年見に行く)

これは多くの人が思うことかもしれないが、壊れた家屋や建物の映像を見てあらためて、人はいつ死ぬか分からないと思った。

ならば、

やりたいカフェを一刻も早くやらねばならぬ。

カフェをやらないと死んでしまう。

という極端な思考回路で、これまでに無いくらい強い気持ちでカフェ開業を決意した。

とはいえ本来「石橋を叩いたのに渡らない」くらい慎重派の私。

素人が勢いで始めるのは無謀だと判断し、会社を辞めて短期間、カフェの学校に通った。
店舗設計から営業許可、資金調達や経営全般、バリスタ技術、調理までを網羅的に学び、スケジュールや情報はすべて例の手帳に書き込み、“ 手帳 ”は頼れる相棒となっていた。

第一話でも登場した当時使っていたSAZABYの黒のミニ6穴。

2012年3月、福島へUターン。
18年ぶりの地元でコネもなく、全くの0からカフェを立ち上げる。

まずは物件探し。しかし震災後は物件がなく困難を極めた。

不動産屋を何十件も回り、あまりに無さすぎて隣の市まで探した。
良さそうな物件は他の人に先を越されたり、条件が合わなかったりと不遇の一年が続く。

しかし、カフェをやらないと死んでしまうという強い思いは、そんなネガティブな気持ちをも凌駕するもので、一年探し続けた頃、家から15分の場所にぽっと空き物件が出た。
元居酒屋で、工事費用も節約できる居抜き物件であった。

こういうのは突然やってくるから不思議である。

今までの停滞が嘘のようにすんなりと契約。
次は内外装工事。

が、ここからもご多分に漏れず困難を極める。
しかしこちらは前段の不動産探しで慣れている。

左上、右上:和風居酒屋だった店内。障子、畳、砂壁が残る。大工さんにできるだけ壊してスケルトン物件にしてもらう。
左下:大雨が降った日に、改装中の店に来てみると大量の水が店内に流れ込んでいた。(振り出しに戻った気持ちでガクリと肩を落とす…)
右下:居酒屋の看板を外してもらう。外装工事屋が多忙なので、選んだ業者は「便利屋」。

震災後で多忙な業者に片っ端からアタックし、できる部分はDIYで進めた。
大変だが楽しく、“ 手帳 ”を相棒に、打ち合わせや作戦を練る日々。

左上、右上:何かの勉強や打ち合わせ、やることなどのメモ。
左下:「営業許可」「オープン」「不動産の重要説明書」「店の住所書く」などの文字が並び、カフェオープン時のメモと思われる(覚えてないけど笑)。忙しかったのだろう、付箋のメモなどもそのまま貼り付け。
右下:手帳には罫線や無地などのレフィルを数種類を使い分け。かわいい付箋をインデックス代わりにしてた。

その頃ふと思い出したのが、かつて勤めていたIT企業の社長の言葉だ。

「私は毎年おみくじを引きますが、必ず大吉です。しかも10年連続で。」

そして続けて次のように言った。
「大吉が出るまで何度も引く。」と。

大吉が出るまで何度も何度も引いて、必ず大吉で終わらせるのだと。筋は通っている。

正直その時は表面的にしか理解していなかった。しかし時と困難を経て、かつての社長が言っていたことが、すんなりと心に染み込むようになった。

何度でも、何回でもやればいいのだ。そして何歳でも。

その後も、カフェをオープンするまでにやることは無限にあった。
内外装のハード面以外にも、保健所関連の申請、メニューの検討、厨房機器やマシンの導入、営業形態などのソフト面も準備する必要がある。

テナント内はまだ何もないので、石膏ボードを机にしてここでカフェ開業の作戦を練った。

カフェ開業への道は果てしなく、途中、スペインのサグラダファミリアのようにもう一生完成しないのでは?と本気で思うこともしばしば。

そしてようやくオープンの日、2014年11月1日を迎えた。

上段、中段:板を剥がしたら出てきた大きな四角い窓からは夕陽が綺麗に見え、大パノラマビュー。
下段:カリモクの家具とエスプレッソマシン「ラ・チンバリ」は絶対入れたかったもの。

すると変化が起きた。

これまでお店作りという店内に向いていた自分の目線が、お客さんへと切り替わった。どうしたら満足してもらえるか、それが中心になるのだ。

そして手帳をほとんど使わなくなった。
オープン後は業者や誰かと頻繁に打ち合わせをする必要がなくなったというのもある。

お客さんを相手にする時間が増え、手帳を相手にする時間は次第に減っていった。

まるで一緒の家には居るもののそれぞれ食事も個別に摂る冷めた夫婦のように、いつしか私は“ 手帳 ”の存在を忘れていった。
そして“ 手帳 ”とはついに別居状態へ。

しかし次第に気づくようになる。自分のカフェで手帳を書いているお客さんが随分と多い。

それがかつての自分を見るようで、どこかうらやましい。

そんな気持ちから、次回は手帳を書いている常連さんに聞いた話等をお届けする予定。どうぞお楽しみに。

続きの話へ(4/29更新) →
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